走るほどに足にフィットするランニングシューズ、MITが開発中

フルマラソンを走るだけで自分専用のランニングシューズが完成する──。そんな走るほどに進化する靴を、マサチューセッツ工科大学(MIT)が開発中だ。その秘密は、着地の衝撃を動力源に靴底が自ら内部構造を組み上げる「自己組織化」の技術にある。
Adaptive Midsole
Photograph: Self-Assembly Lab

「ブラジルナッツ効果」という現象をご存知だろうか。ミックスナッツの缶を揺さぶると、決まっていちばん大きいブラジルナッツが表面に浮かんでくる現象のことだ。「粉粒体対流」とも呼ばれるこの物理現象は、固体粒子が振動を受けた際に、密度ではなくサイズの違いによって再配列されることで起きる。

そしていま、一見すると直感に反するこの自然界のメカニズムが、ランニングシューズの常識を根本から変えようとしている。

走ることで完成するシューズ

この新しい技術を研究しているのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)建築学科准教授のスカイラー・ティビッツだ。彼が創設し共同ディレクターを務める研究所、その名も「セルフアセンブリー・ラボ」は、素材が人の手を借りずに自ら構造をつくる自己組織化(セルフアセンブリー)の技術を研究し、製造プロセスをアップデートしようとしている。

この「アダプティブ・ミッドソール」プロジェクトでティビッツのチームが開発しているのは、ランナーの足の形や走りの癖に合わせて自律的に変化する適応型ミッドソールだ。競技用シューズの世界では、トップアスリートには足の形状に最適化された専用のが提供される。しかし一般市場の靴は標準化されており、箱から出した瞬間が機能のピークだ。フォーム素材は走り込むごとに劣化していくのが常である。

しかし、ティビッツらが開発した技術は異なる。使い込むほどに身体に馴染むデニムや野球のグローブのように、走る行為そのものを通じてパフォーマンスを向上させていくのだ。

その中核にあるのが、ミッドソール内部に封入されたサイズ・形状・硬さが異なる3つの粒子だ。ランナーの着地によって振動と衝撃が加わると、内部で粉体対流が発生する。ティビッツらの設計では、クッション性を担う大きく柔らかい黒の粒子が上層へと浮上し、ピンクの粒子は中間へと移動、そしてアウトソールの剛性やサポート力を担うより硬い粒子が底面へと沈み込んでいく。着地のエネルギーを動力源として、靴が自ら内部構造を組み上げる自己組織化技術の応用例である。

効果を測定するために開発チームは、かかとからつま先への着地を繰り返すシミュレーションをロボットを用いて実施した。粒子の大小のバランスや、それを入れる容器となるミッドソールの形状を緻密に計算し、約20,000歩を走ることで内部構造が最適な状態へと進化するようにチューニングされている。これはおよそフルマラソン1回分に相当する距離だ。さらに設計を調整することで、この最適化のプロセスを早めることも遅くすることも可能だという。

「究極のカスタマイズ」を量産する

この技術の最大の強みは、製造プロセスを一切変えることなく究極のカスタマイズを実現できる点にある。一人ひとりの足を3Dスキャンして専用の靴をつくるようなオーダーメイド手法は、コストが高く量産には向かない。

だがこの技術を使えば、工場からはまったく同じ規格の製品を大量に出荷するだけで済む。パーソナライズの最終工程は、ユーザーが道を走るというプロセスそのものに委ねられているからだ。ちなみに、靴のミッドソールの中身を取り出して別の粒子を充填し直すことで、ロードレース用からトレイルランニング用へと用途をリセットするアイデアも構想されているという。

ティビッツの視線は、すでにスポーツの領域を超えた先も見据えている。例えば物流の分野では、薄型テレビや家具の輸送時に、道中の振動を利用して製品の形状に完璧にフィットする保護層を形成する梱包材への応用が考えられる。あるいは車椅子のシートクッションとして、座る人の姿勢や荷重分布、舗装路か砂利道かといった環境の違いに合わせて最適な座り心地を提供する用途も検討されているという。

使い捨てて新しいものを買うのではなく、使う人の行為を通して最適化され、必要に応じてアップデートされる──。そんな自己組織化のテクノロジーは、大量生産とパーソナライゼーション、そして持続可能性が両立する新しいものづくりのかたちなのだ。

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